が止まる。
颯《さっ》と血潮が飛んだであろうが闇夜《やみ》のことで解《わか》らない。
置き捨られた駕籠の主
「ワ――ッ」と云って尻餅をつく。
止まった刀を手許へ引き、一間あまり飛び退《しさ》ると、長庵は刀を背後《うしろ》へ廻した。及び腰をして覗き込む。
「人殺しだアア、追剥だアアア」
呼ばわる声も次第に細く、片手で泥を掴んでは暗を眼掛けて投げ付けるものの、長庵の身体《からだ》へは当りそうにもない。
「娘やあイ、お種やあイ」
致死期の声で娘を呼ぶ。と、最期の呼吸《いき》細く、
「兄貴! 兄貴! 兄貴やあイ。平河町の兄貴やあイ……」
現在その兄が人殺しとも知らず、綿々たる怨みの声で、こう救助《たすけ》を呼ぶのであった。
しかしその声もやがて絶え、苦しみ※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]き蠢いていた、その五体も動かなくなった。
雨が上り雲切れがし、深夜の遅い鎌のような月が、人魂《ひとだま》のように現われたが、その光に照らされて、たたまれた襤褸《ぼろ》か藁屑かのように、泥に横倒わった十兵衛の死骸、むごたらしさ[#「むごたらしさ」に傍点]の限りである。
長庵は素早く
前へ
次へ
全19ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング