人などもやって来た。
 豪放快活で洒落気があって、一面蕩児の気持ちをさえ備えているところの小一郎である。ふと刺青に誘惑された。
「よしよし俺も刻《ほ》ってやろう」
 そこでその頃有名の、浅草にいる刺青師の、蔦源の店へ出かけて行き、刺青を彫って貰ったりした。
「これでどうやらこの俺も、一人前の悪武士《わる》になったらしい。アッハハ、面白いなあ。どうせ浮世は思うようにはならない。したい三昧をするがいいさ。……だがどうも俺はこの頃になって、少し性質が変わったようだ。桔梗様に失恋したからだろう」
 物憂い初夏の日が続こうとした。
 しかしとうとうある夜のこと、またも小一郎は敵に襲われ、大事な獲物を失った代わりに、より大切の素晴らしい宝を、偶然手に入れることが出来た。
 その夜であるが小一郎は、フラリとばかり家を出た。円々《まるまる》としたよい月夜で家々の屋根も往来も、霜が降りたように蒼白い。
 大川を左に家並を右に、歩いて来た所が尾上《おのえ》河岸、別にこれと云って用もなく、明月に誘われて出たのである。と、にわかに足を止め、じっと行手を透かして見た。

        二十三

 黒装束で身を
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