らも、一人の女の声がして、どうやらそれに答えたようでした。そうしてすぐに周章《あわ》てたように、みんな立ち去ってしまいました」
「ははあ」と小一郎は自分へ云った。「永生の蝶を探しているのだ。この前お茶の水で襲われた時、おおかたそうだろうと思ったのだ。今夜は懐中《ふところ》へ入れて行ったので、幸い取られはしなかったが、いささか物騒になった。……二つの出来事を推し計ると、蝶を盗もうとする者と、保護をしようとする者と、二組あるように思われる。いったいどういう連中だろう? そうしてこの俺が永生の蝶を、所持しているということを、どうして知っているのだろう? ……どっちみちこうも襲われては、俺といえどもやり切れないよ。さてどうしたものだろう?」
 一式小一郎も参ってしまった。
「面倒臭いから放してしまうか」こんなようにさえ思うようになった。
 だがその後しばらくの間は、これという変ったこともなく、まずは平穏無事であった。しかし小一郎は油断せず、外出をする時には、永生の蝶を懐中に入れ、またある時は家へ残して出た。
 相変らず色々の人間が、小一郎の道場へ出入りした。全身綺麗に刺青《いれずみ》をした遊び
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