大池の水で箔を置いたように輝いている。背後に立っているのは昆虫館で、玄関の戸が開いている。窓のカーテンは引かれている。柱や板壁に彫りつけられた、昆虫の模様にも陽が射している。
と、そこから呼ぶ声がした。「桔梗、桔梗、ちょっとおいで!」
カーテンが開けられて現われたのは、昆虫館主人の顔であった。
十四
桔梗様と別れた小一郎は、大池の方へ歩き出した。胸の中は幸福で一杯であった。
「態《ざま》ア見やがれ南部集五郎め!」こんなことを呟いた。「勝ったよ勝ったよ俺の方が、昆虫館も先に探し出したし、美しい声の主の桔梗様も、お前より先に手に入れてしまった。もっとも今のところ『心』だけだが。その中|身体《からだ》だって手に入れて見せる。だが集五郎めどうしたかしら? 大水に流されて谿《たに》へ落ち死んでしまやアしないかな」それからまたも呟いた。「態ア見やがれ、阪東小篠め! あんな女には用はない!」ここでちょっとばかり憂鬱になった。「だが君江はどうしたろう? 英五郎殿はどうしたろう? 確かにこの俺を助けようとして、あの時大勢でやって来たが、やはり大水に流されたらしい。死にはしないか
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