小一郎は、ここで一段声を張ったが、「一ツ橋家の爾余の方々、お互い私怨とてはござらぬが、拙者は田安家のまず家臣、貴殿方は一ツ橋殿の家臣、近来田安家と一ツ橋家、各※[#二の字点、1−2−22]方にもご存知通り、事ごとに競争致しております。そこで」と云うと小一郎は投げたような調子に言葉を変えた。
「お館同志の競争は、家臣同志の競争でござる。そいつが迫《せ》り合うと喧嘩になる。喧嘩のどんづまり[#「どんづまり」に傍点]は果たし合い! これはもうもう決まった話だ。そこで喧嘩! そこで果たし合い! 勝負だア――」
と威嚇的に叫んだ。それからじいいっ[#「じいいっ」に傍点]と耳を澄ました。向うからは何んの返辞もない。だが何んとなく騒がしい。どうやら用意をしているらしい。
「敵は多勢、俺は一人、多少詭計を用いずばなるまい」こう考えた小一郎はわざと厳《いか》めしく声をかけた。「拙者は大岩のこっちにおる。いつまでもここでお待ち受け致す。左からなりと右からなりと、ご随意にかかっておいでなされ。左右同時にかかられるもよかろう。岩を巡って、さあさあ参られい」
スルリと刀を引き抜くと、スルスルと大岩の左の角、
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