を手に入れたところで、全く役に立たないばかりか、それを手に入れた人間は、かえって禍《わざわ》いを蒙るのだからなあ。それで恐らく吃驚《びっく》りして、逃がしてしまうに相違ないよ。逃がせば蝶は帰って来よう。ああそうだよ、この山へな。で、そいつを待つことにしよう。よしんば永久に帰らないにしても、後に残っている雌蝶をさえ、握っていれば大丈夫だよ。神秘の秘密は解けるものではない。とはいえもちろん心掛けて、絶えず捜索はするんだなあ。私の云いたいのはこうなのさ。なくなった雄蝶ばかりに心を取られ、雌蝶の方を疎かにしては、かえってよくないとこういうのさ。桔梗、お前はどう思うな?」頤髯を撫したものである。
「これはごもっともに存じます」桔梗様の声は嬉しそうである。
「ようご決心が付きました。ほんとうにさようでございますとも。いずれは帰るでございましょう。待ちましょうねえお父様。……そうしてどうぞお父様には、以前《まえ》通りご機嫌のよいお父様となり、ご研究にお尽くしくださいまし」
「ああいいとも、そういうことにしよう。不機嫌になったって仕方がない。なかなか浮世というものは、思うようにはならないんだからなア。
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