、一つの岩が聳えていた。裾から泉が湧き出している。
側で話している二人の男女があった。一人は※[#「藹」の「言」に代えて「月」、第3水準1−91−26]《ろう》たけた[#「たけた」に傍点]二十歳《はたち》ばかりの美女で、一人は片足の醜男《ぶおとこ》である。
「先生には今日もご不機嫌で?」こう訊いたのは片足の醜男。
「吉や、困ったよ、この頃は、いつもお父様には不機嫌でねえ」こう云ったのは美女である。
「それというのも大切な雄蝶を、お盗まれになってからでございましょうね」片足の男の名は吉次《きちじ》であり、そうして美女の名は桔梗《ききょう》様であり、その関係は主従らしい。
七
桔梗様の年は二十歳ぐらいで、痩せぎすでスンナリと身長《せい》が高い、名に相似わしい桔梗色の振り袖、高々と結んだ緞子《どんす》の帯、だが髪だけは無造作にも、頸《うなじ》で束ねて垂らしている。もっともそのため神々しく見える。いや神々しいのは髪ばかりではない。顔も随分神々しい。特に神々しいのは眼付きである。霊性の窓! 全くそうだ! そう云いたいような眼付きである。
山住みの娘などとは思われない。と
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