けたらしい。……これはこうしてはいられない。誰が止めようと森林へ分け入り、彼奴《きゃつ》らより先に声の主を、目付《めつ》け出さなければ心が済まぬ」
 彼らの後を追うように、サ――ッと小一郎は走り出したが、その時角屋の門口から、ヒョイと一人の娘が出た。
「あれ!」と叫んだが君江であった。「お父様大変でございます!」
「どうした?」と云いながら現われたのは、五十年輩の立派な人物で、英五郎と云って君江の父、この辺一帯の顔役で、髪は半白、下膨れの垂《た》れ頬《ほお》、柔和の容貌ではあるけれど、眼附きに敢為の気象が見える。
「小一郎様が森の中へ!」
「おお行かれたか! 困ったなあ」
「お父様! お父様! どうともして……」
「さあはたして助けられるかな!」
「ああ小一郎様のお身の上に、もしものことがあろうものなら……死んでしまいます! 死んでしまいます!」
「よし!」と英五郎は決心した。「ともかくも乾児《こぶん》を猟り集め、森中手を分けて探してみよう! ……しかし名に負う木精《こだま》の森だ、入り込んだが最後出られない魔所! 目付《めつ》かってくれればいいがなあ」
 木精《こだま》の森の底の辺に
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