「もっとも彼奴《きゃつ》め、こんなことを云ったよ。『半島にして樹木森々、大地あって土地高燥、これ永生の蝶に適す』とな。アッハッハッハッ何を云うやら」
「昆虫館の持ち主は?」
「昆虫学者の老人だそうだ」
「美しい涼しい声を持った、娘と一緒ではございませんかな」
「え?」と清左衛門は眼を円くした。
「いえ何これはこっちの方の話で」こうはごまかし[#「ごまかし」に傍点]たが小一郎は、心の中では考えた。「不思議だな、随分不思議だ。小梅田圃でも永生の蝶! 家へ帰っても永生の蝶! あっちでもこっちでも昆虫館! 待てよ」と一層沈思した。「小梅で聞いた二つの声、その中一つは老人の声で、神々しいほどにも威厳があった。学者か宗教家か剣聖か、とまれ達識の人物でなければ、ああいう声は出せないものだ。永生の蝶を探していたっけ! ひょっとかするとあの声の主が、その昆虫館という建物の、持ち主などではあるまいかな。……いやいやそうではなさそうだ」小一郎は尚も考えた。「なにも昆虫館の持ち主なら、永生の蝶を探す筈はない。と云うのは蝶を持っているからさ、では全然別人かな。……いやいやそうでもなさそうだ」またも小一郎は考えた
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