がある。みすぼらしい芹沢の里である。
 と、その時里の方から、一挺の駕籠が走って来た。二、三人の武士が守っている。館の方へ走って来る。
 その裏門まで来た時である、内と外とで二声三声、問答をする声がした。
 と、門が音なく開き、音なく駕籠が辷り込んだ。
 後に残ったは月ばかりである。蠢《うご》めくものの影さえない。館からも何んの物音もない。沼で寝とぼけた水鳥が、ひとしきり羽音をバタバタと立てたが、すぐにそれも静まってしまった。
 だが間もなく人影が、ポッツリ丘の上へ現われた。館の方を見ているらしい。と、丘を馳せ下った。
 月に曝《さら》された顔を見れば、他ならぬ一式小一郎であった。
「確かにここへはいった筈だ」
 土塀に沿って小一郎は、館の周囲を廻わり出した。
「うむここに裏門がある」
 そっと裏門を押してみたが、ゆるごう[#「ゆるごう」に傍点]とさえしなかった。で、またそろそろと歩き出した。やがて表門の前へ出た。押してみたがやっぱりゆるぎ[#「ゆるぎ」に傍点]さえしない[#「やっぱりゆるぎ[#「ゆるぎ」に傍点]さえしない」は底本では「やっぱりゆる[#「りゆる」に傍点]ぎさえしない」]
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