「急いでおやりよ! さあおやり!」
「おっと合点」
「エッサ、エッサ」
こんな場合にも愉快そうに、こんな場合にも仲がよく、月光を蹴散らし走り出した。
ちょうどこの頃のことである。全然別の方角で、別の事件が起こっていた。
ここは赤坂青山の一画、そこに一宇の大屋敷がある。大大名の下屋敷らしい。宏壮な規模、厳重な構え、巡らした土塀の屋根を越し、鬱々と木立が茂っている。
御三卿の一方田安中納言家、そのお方《かた》の下屋敷である。
その裏門が音なく開き、タラタラと一群の人数が出た。黒仕立てに黒頭巾、珍らしくもない密行姿、いずれも武士で十五、六人、ただしその中ただ一人だけ、黒小袖に黒頭巾、若い女が雑《まじ》っていた。みんなが尊敬をするところを見ると、これら一群の支配者らしい。身長高く痩せてはいるが、一種云われぬ品位がある。鬼気と云った方がいいかも知れない。あるいは妖気と云うべきかも知れない。縹渺《ひょうびょう》としたところがある。裾の辺が朦朧と暈《ぼ》け、靄でも踏んでいるのだろうか? と思わせるようなところがある。
一挺の駕籠が舁ぎ出された。
「鉄拐ご夫人、お召しなさりませ」
一
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