「おこそ」に傍点]頭巾を冠っているので、顔はハッキリ解らなかったが、たしかに大変な美人らしい。眼が非常に美しい。……非常どころか、とても美しい。……というより寧ろ凄いようだ。魅力! 全くそのもののようだ。
「いらっしゃい」と主人、現金な奴だ、揉み手までしてお辞儀をした。「毎々ごひいき[#「ごひいき」に傍点]にあずかりまして」だが、こいつはお世辞らしい。
「染吉の朱盆、ございましょうか?」
 そうその女がいったものである。
 岡八、当然びっくりした。
「はてな、こいつ面白くなったぞ」
 で、わざと立ち上がり、店の品物をひやかす[#「ひやかす」に傍点]ようにして、女の様子をうかがった。

     五

 古物商の主人と女客との会話は、ざっと次ぎのように運んで行った。
「ああ染吉でございますか、へい、ないこともございませんが」
「只今お店にございましょうか?」
「いえ店にはございませんが……心あたりにはございます。……もし何んなら取り寄せて」
「ぜひお願いいたします。幾枚ぐらい手に入りましょう?」
「さようでございますな、三枚ぐらいでしたら……」
「費用はいくらでも構いません、沢山ほしいのでございますよ」
「へい、しかし、三枚以上は……」
「では三枚お願いしましょう。……で、値段は? 一枚の?」
「二十五金ほどでございましょうか」
「では手附を、半分だけ」
「四十金? で……。これはどうも……へい、へい確にお預かりしました。……ええと所で、お住居は?」
「私、いただきに参ります」
「はい、左様で……。これは受取」
「いつ頃参ったら、ようございましょう?」
「さようでございますな……二三日ご猶予……」
「それではよろしく」
「かしこまりました」
 で、女は店を出た。
 怒ってしまったのは岡八である。
「馬鹿にしゃァがる! 一体何んだ!」心で毒吐いたものである。「みなり[#「みなり」に傍点]が悪いとこんな目に会う。百五十両だと吹っかけて置いて、二十五両だっていやあがる。ないといいながら三枚がところ、心あたりがあるというちきしょう[#「ちきしょう」に傍点]本当に張り倒してやるかな。……そうはいっても俺の手には、二十五両でも這入りそうも[#「這入りそうも」は底本では「遍入りそうも」]ないなあ。……それにしても一体あの女、何んで染吉の朱盆ばかり、そんなにも沢山ほしがるんだろう?」
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