の秘書にはござりまするが、多門兵衛様には忠誠丹心《ちゅうせいたんしん》、まことの武夫《もののふ》と存じますれば、別儀をもちまして、お眼にかけるでござりましょう」
と云い、一旦奥へはいったが、やがて金軸《こんじく》の書一巻を、恭《うやうや》しく捧げて現われた。
正成は悦び譬《たと》うるものなく、謹みかしこんで両手に受け、徐《おもむろ》に開いて読んで行った。
不思議の一連が眼にうつった。
「人王《じんおう》九十五代ニ当ツテ、天下一|度《たび》乱レテ而テ主《しゅ》安《やす》カラズ。此時|東魚《とうぎょ》来《きたり》テ四海ヲ呑ム。日《ひ》西天ニ没スルコト三百七十余箇日。西鳥来テ東魚ヲ食ウ。其後海内一ニ帰スルコト三年。※[#「けものへん+彌」、第3水準1−87−82]猴《びこう》ノ如キ者天下ヲ掠《かす》ムルコト三十余年。大兇変ジテ一元ニ帰ス」
それはこういう文字であった。
正成は沈思《ちんし》した。
思いあたることが数々あった。
(後醍醐《ごだいご》の帝《みかど》こそは神武の帝より数えて、九十五代にあたらせ給う。天下一度乱レテ主安カラズ。これは現代《いまのよ》の事なのであろう。東魚来テ四海ヲ呑ム。これは北條の、一族の悪逆《あくぎゃく》を指しているのであろう。西鳥来テ東魚ヲ食ウ。これは何者か関東を滅す。という予言に相違ない。日西天ニ没スとあるは、帝《みかど》隠岐島《おきのしま》へ御|遷幸《せんこう》ましまされた、この一事を指しておられるのであろう。三百七十余日とあるからには、明年のその頃に都へ御還幸、御位に復されるやも計られぬ。……しかしそれにしてもその次に書かれた、※[#「けものへん+彌」、第3水準1−87−82]猴《びこう》ノ如キモノ天下ヲ掠《かす》ムとは、一体どういう意味なのであろう?)
一抹の不安が正成の心に起った。
これは勿論|足利尊氏《あしかがたかうじ》によって、天下を奪われることを予言したところの、その一文であるのであったが、如何に聡明の正成にも、そこまでは思い及ばなかったのである。
(どうあろうと我に於て関わりはない)
すぐ正成は快然《かいぜん》とこう思った。
(帝の忠誠の臣として、帝の一個の衛士《えじ》として、尽くすべきことを尽くせばよい。ましてや太子のその後の予言に、大兇変ジテ一元ニ帰スと、こう記してあるではないか)
快然とした正成の謹厚の顔には、初秋の明るい陽の光が、障子越しにほのかに射していて、穏やかな陰影をつけていた。
間もなく正成は陣[#「陣」に傍点]へ帰った。
正成の予想に狂いがなく、その後宇都宮公綱は、宮方に帰順して忠節を励んだ。
底本:「時代小説を読む 城之巻」大陸書房
1991(平成3)年1月10日初版
底本の親本:「天保綺談」桜木書房
1945(昭和20)年
初出:「日の出」
1935(昭和10)年6月
入力:阿和泉拓
校正:noriko saito
2008年5月15日作成
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