。彼は襖を引き開けた。それは開けたと思ったばかりで、依然として襖は閉ざされている。不動の金縛りにでも逢ったように、動くことも声を立てることも出来なかった。
其間に武士は悠々と忙《せ》かず周章《あわ》てず茶を立て終えて、心静かに飲み下した。作法に従って清め拭うや、徐《おもむろ》に茶碗を箱に納め、ふと利休の方へ顔を向けたが滴たるような笑い方をし、それからすらり[#「すらり」に傍点]と立ち上がり、二三歩足を進んだかと思うと、朦朧と姿は消えたのである。
二
その翌日のことであるが、利休は秀吉に謁を乞うた。二度の不思議を物語ってから、斯う云って彼は付け加えた。
「最初は狐狸かとも存じましたなれど、殿下お手付けの名器を恐れず、悠然茶を立てた振舞いは、大胆過ぎて正しく人間、恐らく無双の忍術家と、目星をつけましてござりますが……」
「解った」と秀吉は性急に云った。「草を分けても探がし出し、引捕らえて罰せずばなるまいぞ!」
「あいや暫らく」と夫れを聞くと、利休は急いで手を揮った。「ちと浅慮かと存ぜられまする」
「なに、浅慮じゃ? この秀吉を!」
「過言はお許し下さいますよう。名に負う左
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