楫取で、一杯になって居りました。支那の言葉、呂宋の言葉、西班牙《イスパニア》の言葉、ポルトガルの言葉――色々様々の国々の言葉で、四辺は騒々しく活気に充ち、何か今にも面白い事件でも、起こって来そうに思われました。
 私と東六は室の隅の丸い卓子《テーブル》を前にして、所の名物|柘榴《ざくろ》酒を飲みながら、四辺の様子を見て居りましたが、不意に其時、私達の横で、
「あ、来たぞ! 黒仮面が!」と、小声で叫んだのを聞きました。
 それと同時に室の中が急に静かになりました。と、見ると、遙か室の向うの、戸外へ向いた戸口から、其形恰も蝙蝠のような畸形な真黒の人影が、室の中へひらひらと這入って参りました。
「成程、噂に聞いた通りの不思議な様子をして居る哩」と、私は胸で呟いたものです。
 漆黒の服で全身を包み、同じ色の覆面をし、翼のような黒母衣を背負った、国籍不明の水夫《かこ》達に依って、繰られている大型の船が、南海や支那海を横行し、海上を通る総船を、理由《いわれ》無しに引き止めて、その船内へ踊り込み、人間の数を調べたり掠奪を為るということは、以前から聞いて居りましたので、其時、室へ這入って来た、蝙蝠のよ
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