あって、居然たる九州の富豪であった。従って官民上下からも多大の尊敬を払われていたが、時の大老酒井忠清は取り分け彼を愛していた。
で、此時も邸へ招いて、彼の口から語り出される壮快極わまる冒険談を喜んで聞いたということであるが、其時座中には堀田正俊だの、阿部豊後守忠秋だの、又は河村瑞軒などという、一代の名賢奇才などが、臨席していたということである。
「其方程の剛の者には恐ろしいと思うた事などは、曾て一度もあるまいの?」ふと忠清は話のついでに斯う九郎右衛門[#「九郎右衛門」は底本では「九郎付衛門」]に訊いて見た。
すると、九郎右衛門は、大きな眼を、心持細く窄めたがそれは過ぎ去った遠い昔を、想い返えそうとする表情なのでもあろう。
「仲々もって左様な事……」
と、謙遜に彼は首を振ったが、
「取り分け香港に於きまして、〈黒仮面船〉の猛者どもに、おっ取り巻かれました其時は、此九郎右衛門心の底より恐ろしく思いましてござります」
「なに、香港の〈黒仮面船〉とな? それは一体何者じゃな?」
「不思義な海賊にござります」
「ほほう海賊? 支那の海賊かな?」
「ところが、支那人ではござりませぬ」
「どう
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