が町人や百姓には眼もくれず、定《き》まって武士《さむらい》へ向かって行き、好んで町奉行配下の士を暗殺するということであった。
これも同じく噂ではあったが、この盗賊の一群は、大阪市中を流れている蜘蛛手のような堀割を利用し、帆船|端艇《はしけ》を繰り廻し、思う所へ横付けにし、電光石火に仕事を行《や》り、再び船へ取って返すや行方をくらますということであった。
勿論東西の町奉行は与力同心に命を含め、この不届きの盗賊共を一網打尽に捕えようとして様々肺肝を砕くのではあったが、彼等の方が上手と見えいつも後手へ廻されていた。
そのうち、鈴木利右衛門と小宮山彦七が殺されたのであった。昔名与力と謳われた二人がいかに年を取ったとは云え、刀を抜き合わせる暇《いとま》もなくむざむざ削竹に咽喉を貫ぬかれ、惨殺されたということは、一面から云えば不覚ではあったが、他面彼等盗賊の群がいかに強いかということの新しい証拠ともなるのであって、有司にとっても市民にとっても恐ろしく思われたのは云うまでもない。
「お菊や」と卜翁はお菊の部屋で、お菊の立ててくれた茶をすすりながら、何気ない調子で話した。
「私はこの頃元気がな
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