?」
「……知らぬが仏とは正しくこの事。存ぜぬこととは云いながら今日が日まで一家の仇赤格子の娘の手下となりうかうか暮らして居りましたこと残念至極に存じます」
「…………」
「妹お袖へお話し下されたお殿様のお話で初めて知りましてござります」
この時、遥かの海上に当って、吹き鳴らすらしい法螺の音が、夜気を貫いて陰々と手に取るように聞こえてきた。
一方、こなた離れ座敷では、お菊が、三味線を弾いている。
と、遥かの海上にあたって法螺の音が響き渡った。
「あッ」と驚いて弾く手を止め、スックとばかり立ち上る。
ボ――、ボ――、ボ、ボ、ボ――
それは正しく仲間の合図だ、しかも敵に襲われたという非常を知らせる法螺の音だ。
「さては住吉の海上へ、商船《あきないぶね》に装わせ、碇泊《ふながか》りさせた毛剃丸《けぞりまる》、捕方共に囲まれたと見える。これはこうしてはいられない」
パッと裳《もすそ》を蹴散らかしバタバタと縁へ走り出たがガラリと開けた雨戸の隙から、掛声もなく突き出された十手!
「南無三!」と、お菊は雨戸を閉じガッチリ閾《しきい》をおろして置いて、今度は窃と足音を忍ばせ、丸窓の側《そば
前へ
次へ
全37ページ中31ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング