からさ」
「その卜翁は姐御の敵。ばらす[#「ばらす」に傍点]というのも解《わか》っているが、妹には罪も咎もねえ」
「それでは厭だと云うのかい?」
 お菊はキリリと眉を上げた。
「…………」
 忠蔵は歯を噛むばかりである。
「およしよ」と一句冷やかに、お菊は障子を締め切った。
「姐御!」と忠蔵は声を掛けた、丸窓の内は静かである。
「うん」と忠蔵は頷いたが。
「姐御々々やっつけ[#「やっつけ」に傍点]やしょう!」
「後夜の鐘の鳴る頃に……」
 丸窓の奥からお菊が云った。
「後夜の鐘の鳴る頃に……」
 忠蔵がそれをなぞって[#「なぞって」に傍点]行く。
「妾はここで三味線を弾こう。それが合図さ。きっとおやりよ」

怨みは深し畜生道
 やがて日が暮れ夜となった。
 夜は森々《しんしん》と更けている。
 卜翁の部屋は静かである――お袖とそして卜翁とが、今、しめやかに話している。
「さてお袖」と卜翁は、真面目の口調で改めて云った。
「水死を助けてこの家へ置き、ひそかに様子を見ていると、前身夜鷹とは思われないほど行儀正しい立居振舞。さて不思議と思っていたが、今のお前の物語でよくお前の素性も解《わか》
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