お袖は走って行った。
 胸撫で下ろした忠蔵がホッと溜息を吐いた時、サラリと丸窓が内から開き、
「おい忠蔵!」とお菊の声。
 無言で忠蔵は眼を上げた。
「因果は巡る小車の、とんだ事になったねえ。ホッホッホッホッ」と凄く笑う。
 しかし忠蔵は黙っている。
「お前の妹と知ったなら川へ落としもしなかったろうに。いわば妾はお前にとっては妹の敵と云うところさね。それに反して卜翁めは、お前にとっては妹の恩人。その恩人の卜翁を妾は父の敵として嬲り殺しにしているのだよ。……遠慮はいらない明瞭《はっきり》とお云い! 妾に従《つ》くか卜翁に従くか? 妾は十まで数えよう。その間に決心するがいい。一つ、二つ、三つ、四つ」
「姐御」と忠蔵は冷やかに云った。
「もう数えるには及ばねえ。とうに決心は付いてるのだ。そも悪党には情はねえ。肉親の愛に溺れた日にゃ、一刻も泥棒はしていられねえ。今更姐御に背かれようか」
「おおそれでこそ妾の片腕。いい度胸だと褒めてもやろうよ。……変心しないその証拠に今夜お袖をしとめておしまい!」
「え! 罪もねえ妹を※[#感嘆符疑問符、1−8−78]」
「妾も卜翁をばらす[#「ばらす」に傍点]
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