うに唄をうとうている」
 卜翁は機嫌よく呟いた。
 とミシリと音がする。
「お袖ちょっと見て参れ!」
「はい」と云って立ち上り廊下の方へクルリと向く。背後《うしろ》姿に眼を付けた卜翁。
「おっ! 白糸!」と声を上げた。
 とたんに「エイッ」と鋭い掛声。障子を貫いた削竹《そぎたけ》がお袖の喉に突立った。
 やにわに刀をひっさげて。
「曲者!」と卜翁は飛び上る。
「あッ」という苦痛の声。続いて「むう」と云う唸り声が廊下にあたって聞こえてきた。
 颯《さっ》と卜翁は障子を開けた。その眼前《めのまえ》の廊下の上にのた[#「のた」に傍点]打っているのは忠蔵である。我と我喉を削竹で裏掻くまでに突き刺している。片手にもったは封無しの書面。「ご主人様へ」と血で書いてある。
 卜翁はつと[#「つと」に傍点]取り上げた行燈の燈で読んで行く。
 ――こういう意味のことが書かれてある。
 我《わたし》は賊でございます。海賊赤格子九郎右衛門の娘本名お粂、今の名はお菊、すなわち殿様のご愛妾、お菊殿の一の乾児、海蛇の忠蔵とは私のこと。殿様のお命を害《あや》めんためお菊殿共々お屋敷へ住み込み、機会を窺って居りました次第。とは云え性来の海賊ではなく産れは播州赤穂城下、塩田業山屋こそは私の実家でござります。……
「何」と卜翁は驚いた。
「山屋の倅《せがれ》というからには、このお袖とは兄妹じゃ。それを殺すとは不思議千万。待て待て後を読んで見よう」

この危難に三味線の音
 ――手紙の文字は尚つづく。
「……知らぬこととは云いながら兄妹契りを結ぶとは取りも直さず畜生道。二人ながら活きては居られず、かつは頭領《かしら》の命令《いいつけ》もあり、今宵忍んで妹めを打ち果たしましてござります。……」
 ここまで読んで来て卜翁は初めて意味が解ったと見え、手紙をクルクルと巻き納めた。それからお袖の側《そば》へ寄り静かに体を抱き起こした。
 もう呼吸《いき》は絶えている。
 卜翁は忠蔵を抱き起こした。
 と、忠蔵は眼を開けた。
「これ忠蔵」と忍び音に卜翁は耳元で呼ばった。
「様子は解った気の毒な身の上。卜翁の命を狙ったことも決して怨みには思わぬぞ。お袖は死んだ。お前も死ね」
「ああ有難う存じます」
「ただし一つ合点のゆかぬは、山屋を滅ぼした赤格子一家は其方《そち》の仇じゃ。しかるを何故その赤格子の一味徒党とはなったるぞ
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