遠い異国の亜剌比亜のことなど、存じておるわけはござりませぬ。……さあこの屋敷へ参りましたのも、偶然からにござります。珍らしい器類を置き並べてあると、江戸で名高うございますので、一度は見ようと存じまして、本日|門口《かどぐち》を通りましたので、立ち寄ったまでにございます。……まことに珍器、まことに異品、このように取り揃えてありましょうとは、思いも及ばないでおりましたので、驚かされましてござります。が、私めにとりましては、ご高名の松平碩寿翁様に、このように親しくお目にかかり、このように気安くお話をし、謦咳《けいがい》に接しましたそのことの方が、実は一層に珍らしくも、有難くも想われるのでござります。で、なにとぞこれをご縁に、今後はお引き立てにあずかりたく……ええ私めの素性と申せば……ハッハッハッとんでもない儀で、浪人者の私などに、何の素性などござりますものか。……よしまた素性がありましたところで、お耳に入れて徳もなく、聞かれるあなた様におかれましても、面白くもおかしくもござりますまい。そこで……」と云って来たが醍醐弦四郎は、自分が頓馬《とんま》に思われて来た。
(まるで辻褄が合わないじゃアな
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