くなった。ちょっと包物をひらいて見ようか)
(いや!)とすぐに思い返した。
(それこそ不忠実というものだ。何であろうと彼であろうと、俺に関係はないはずだ。俺の役目は一つだけだ。書面に書かれてある宛名の人へ、包物を直接に手渡して、返事と一緒に下さる物を、奥様へ持って帰ればいいのだ。……おッ、何だ、おかしくもない! まだ届け先を見なかったっけ)
京助は懐中《ふところ》へ手を差し込んで、仕舞って置いた書面を引き出した。
根津仏町|勘解由店《かげゆだな》、刑部《おさかべ》殿参る――
こう宛名が記されてある。
「なるほど」と京助は声を洩らしたが、
(ははあそうか、根津なのか。よしよし根津へ行ってやろう。……ところでここはどこなのかしら?)
で、四辺《あたり》を見廻して見た。
(おやおやここは蝋燭《ろうそく》町らしい)
夢中で小走って来たがために、神田の区域の蝋燭町という、根津とはまるっきり反対の方へ、京助は来たことに感付いた。
(いけないいけない引っ返してやろう)
で、きびす[#「きびす」に傍点]をクルリと返すと、根津の方へ歩き出した。
永い夏の日も暮れかけていて、夕日が町の片側の
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