からこぼれて見えたからである。
「ホー」とそこで溜息をしたが、京助は思わず手を上げた。苦しいほどにも蠱惑《こわく》的の物を、うっかりと見た自分自身の眼を、急いで抑えようとしたのであった。が、中途で心が変わったのか、上げた手で忙《せわ》しくぼんのくぼ[#「ぼんのくぼ」に傍点]を撫でた。汗が流れていたからである。
 しかし京助は幸福なのであった。
(何てお美しい奥様なのだろう。私は何よりも美しいものが好きだ。お本店《みせ》へ務《つと》めて荷作りをしたり、物を持ってお顧客《とくい》様へお使いをしたり、番頭さんに睨まれたり、丁稚《でっち》に綽名を付けられたり、お三どんに意地悪くあたられることは、どうにも私の嗜好《このみ》に合わない。お美しい奥様のお傍に仕えて、何くれとなくお世話をして、「京助や、この衣裳はどう?」「よくお似合いでござります」「京助や、この櫛はどう?」「まことにお立派でござります」「京助や、今日の髪はどう?」「お綺麗なお髪《ぐし》にござります」「京助や、下駄をお出し」「はい、揃えましてござります」「京助や、供をしておいで」「お供いたすでござりましょう」――などと何くれとなくお世話
前へ 次へ
全200ページ中25ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング