なかった。
しかし一方弦四郎の方では、いうところの競争相手として、茅野雄の身分から屋敷から顔や姿までも調べて置いたらしい。
で、今こうやって邂逅って、二言三言罵り合っている間に、弦四郎が茅野雄だということを、早くも見て取って声をかけたのであった。
しかし弦四郎は声をかけてから、「しまった!」と思わざるを得なかった。いやいや、「しまった!」というよりも、「どう処置をしたらよいだろうか?」とこう思わざるを得なかった。と云うのは弦四郎は茅野雄の後を尾行《つけ》て、わざわざ飛騨の山の中へ、入り込んで来た身の上であって、道に迷って茅野雄を見失い、偶然に丹生川平という、不思議な郷へ入ったものの、心では常時《しじゅう》茅野雄の行衛を、知りたいものと思っていた。その茅野雄に今や邂逅ったのである。
本来なれば何も彼もすてて、茅野雄の後を尾行て行くか、でなかったら後腹《あとばら》の痛《や》めぬように――競争相手を滅ぼす意味で――討って取るのが本当であった。
が、しかし今は出来なかった。
と云うのはせっかくに白河戸郷の、郷長《むらおさ》の娘の小枝《さえだ》という乙女を、奪って小脇に抱えている。で
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