どうにも身長《せい》が届かなかったので、人々はドッと声を上げて笑った。とは云え笑ったそういう声にも、軽蔑らしい響きなどはなかった。
笑い声が高く大きかったからか、小鳥の群が棹《さお》をなして、日光の明るいそこの空間を、斜めに矢のように翔《か》けて通った。
「幸福そうでございますな」
ふと茅野雄は浪江へ云った。
「幸福なのでございますよ」
こう浪江は答えはしたが、苦しそうなところが声にあった。
「偽瞞《ぎまん》であろうとカラクリであろうと、それが信じられているうちは、幸福なのでございますよ。あの可哀そうな業病人達は」
(偽瞞? カラクリ? 何のことだろう?)
茅野雄には浪江の云った言葉が、審《いぶか》しいものに思われた。
(これもやっぱり洞窟の中の、内陣に置いてある何らかの物と、関係のある言葉に相違ない)
で、茅野雄は押し強く訊いた。
「浪江殿、お話しくださるまいか。内陣には何がありますので?」
「…………」
浪江は返辞はしなかったが、云いたいと努力しているようであった。
二人は宛なしに足を運んだ。
古沼の岸を巡って越し、灌木の多い境地へ出た。
と、その時人の足音が、ひそやかに二人の背後《うしろ》の方でした。
しかし二人には解らなかった[#「解らなかった」は底本では「解らなった」]。
不意に浪江が苦しそうに云った。
「申し上げることにいたします。どなたかにお話しいたしませねば、妾良心の苦しさに、息詰まってしまうのでございます。……あの内陣にあるものは、盗んで来た品物でございます。……しかも片輪なのでございます!」
「浪江!」と、その時鋭い声が、いや、幽鬼的の兇暴の声が、背後にあたって響き渡った。
同時に風を切る音がした。
「あれ!」
「伯父上!」
ガラガラガラ!
体は長身、髪は切り下げ、道服めいた衣裳を着た、一人の老人が鉄の杖を、両手で頭上に振り冠り、怒りと憎しみとで顔を燃やし、水銀のようにギラギラと光る、鋭い眼で、一所を睨みながら、あたかも鬼のように立っていた。
外ならぬ宮川覚明であった。
そういう覚明から二間ほど離れた、桧の大木の背後の辺りに、一個の群像が顫えながら、覚明を見詰めて、立っていた。
覚明が背後から鉄の杖で、浪江を撲殺しようとしたのを、早くも気勢《けはい》で察した茅野雄が、刹那に浪江を引っ抱え、瞬間に飛び退いて難を遁れ、いまだに浪江を引っ抱えたままで、立っているところの姿なのであった。
寂然とした間があった。
向かい合った三人の空間を、病葉《わくらば》が揺れながら一葉二葉落ちた。
と、讃歌が聞こえてきた。
[#ここから3字下げ]
※[#歌記号、1−3−28]唯一なる神
みそなわし給う
病める我らを
慈悲の眼をもて。
[#ここで字下げ終わり]
丘の上の大勢の業病人達が、歌っている讃歌に相違なかった。
宙に上っている鉄の杖が、この時ゆらゆらと前へ出た。
覚明が前へ出たのである。
その覚明が呻《うめ》くように云った。
「内陣の秘密を洩らす者は、肉親といえども許されない! 洩らしたな浪江! 聞いたな茅野雄! ……娘ではないぞ! 甥でもない! 教法の敵だ! おのれ許そうか! ……生かしては置けぬ! 犬のように死《くた》ばれ!」
ジリジリジリジリと前へ進んだ。
が、また讃歌が聞こえてきた。
[#ここから3字下げ]
※[#歌記号、1−3−28]唯一なる神
許したもう
信じて疑わぬ
我らのみを。
[#ここで字下げ終わり]
「聞け!」と、覚明はまた進んだ。
「あの歌を聞け! あの歌を聞け! 疑わぬ者のみが許されるのだ! ……おのれらよくも疑がったな! よしや盗んだ品であろうと、よしやその品が片輪であろうと、疑がわぬ者には力なのだ! あばく[#「あばく」に傍点]ことがあろうか! あばく[#「あばく」に傍点]ことこそ罪だ! 死ね!」と、鉄の杖が振り下ろされた。
長閑な会話
しかしその時には浪江を抱いたまま、茅野雄は背後へ飛び退いていた。
茅野雄と浪江とは若かった。その行動も敏捷であった。
しかし覚明は老人であった。行動は鈍く敏捷でなかった。
このままで推移したならば、茅野雄と浪江とは遁れられるかも知れない。
と、云うことが解ったと見える。
大音声に覚明は叫んだ。
「教法の敵こそ現われましたぞ! 方々出合って打って取りなされ!」
オーッという応ずる高声と、ワーッという大勢の鬨《とき》の声とが、忽ち四方から湧き起こった。
しかるにこの頃数人の武士が、丹生川平の境地を下り、例の曠野まで続いている、大森林を分けながら、曠野の方へ辿っていた。
醍醐弦四郎と部下とであった。
「まごまごしていると追っ払われるぞ」
こう云ったのは弦四郎であった。
「丹生川平をでございます
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