ます。どうぞどうぞおいでくださいまして、私達一族の味方となって、私達をお助けくださりませ。……妾は十八歳になりました。五年前にお別れをいたしました時には、妾は十四歳でございました。ほんとに子供でございました。でも今は娘でござります。……あの頃から妾はあなた様を、懐かしいお方に思っておりました。今も同じでござります。あなた様を懐かしく思っております」
 こういう意味のことが書いてあった。
(そうそう俺には親戚《みより》として、叔父の一族があったっけ。俺が長崎へ行っていた留守に、消えたと云ってもいいほどに、行衛知れずになってしまったので、思い出しさえもしなかったが、無事にこの世にいると聞いては、ちょっとなつかしく思われる。――従妹の浪江は小さい時から、驚くばかりに美しかったが、もっと美しくなっていよう。いかにも二人は仲がよかった。逢って話をしてみたいものだ。……敵を持って苦境にあるという? これがいくらか[#「いくらか」に傍点]気にかかるが、行って見たら様子が知れることであろう。……飛騨といえば随分山国だが、そんなことには驚かない。よしよし明日にも出かけることにしよう)
 ――こうして茅野雄は行くことに定《き》めた。が、これを一面から見ると、巫女《みこ》の占った運命の一つが、適中したという事になる。
 では次々に巫女の占いが適中しないとは云われない。
 茅野雄は「何か」を手に入れるであろうか?
 その「何か」とはどんなものであろう?

 その翌日のことであったが、松倉屋勘右衛門の邸の中で一つの事件が起こっていた。
「お前は旦那様に憎まれているねえ」
「はい奥様、そんな様子で、私は心配でなりませぬ」
「妾がお前を贔屓《ひいき》にするからだよ」
「はい奥様、さようでございますとも」
「旦那様はお前を嫉妬《やい》ているのだよ」
「どうやらそのようなご様子に見えます」
「お前の縹緻《きりょう》がよいからだよ」
「奥様ありがとう存じます」
「妾がお前を贔屓にするのも、お前の縹緻がよいからだよ」
「奥様、お礼を申し上げます」
「それにお前は気も利いているよ」
「はい奥様、ありがたいことで」
「それに妾に忠実だよ」
「はいはいさようでござりますとも。私は奥様のお旨とならば、火の中であろうと水の中であろうと、飛び込んで行く意《つもり》でござります」
「そうだよそうだよそういう性質だよ。
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