と清浄と、神々しさと備えたような声が、若さをもって聞こえてきた。
「覚明殿、殺生はお止めなされ!」
 一同の者は声の来た方を見た。
 一ツ橋|慶正《よしまさ》卿の高朗とした姿が、老将軍のような碩寿《せきじゅ》翁を連れて、此方《こなた》へ歩いて来るのが見られた。
 大森林の中で野馬を捕らえ、丹生川平へ駛《はし》らせて来た、慶正卿と碩寿翁とが、この時到着したのであった。
 超人《スーパーマン》には常人などの、及びもつかない神性がある。駕籠に乗って歩かせていたばかりで、碩寿翁ほどの人物を、目的の長崎へやろうとはせず、飛騨の地へ来させてしまったことなどは、神性のしからしむるところであり、茅野雄と浪江との恐ろしい危難を、洞察したのもそれであり、飛騨の地に回教を密修している、二つの郷のあることと、回教にとって重大の価値ある、ある「何か」が多くの人の、さまざまの手を通したあげく、この飛騨の地で「あるべき所へ帰る」――そういうことを洞察して、そうしてこの地へ出て来たことも、神性のしからしむるところであった。
 いやいやむしろこの飛騨の地で、従来散失していたものを、一所に集めようと心掛けて、その神性を働かせて、それに関係ある一切の人を、この地へ集めたと云った方が、中《あた》っているように思われる。
 そういう超人の慶正卿であった。
 その神々しい風采は狂信者の覚明や郷民達をさえ、恭謙の心へ導いてしまった。
 で、にわかに洞窟の内は、静粛となり平和となった。
 と、そういう洞窟の内を、一応見廻した慶正卿は、神殿の方へゆるゆると進んだ。
 右手を前へ差し出している。その掌《てのひら》から鯖色[#「鯖色」は底本では「錆色」]の光が、矢のように鋭く、射し出ていたが、その光は神像の一眼の光と、全く同じものであった。
 碩寿翁の持っていた小箱の中の物品! それと全く同じ物で、碩寿翁から慶正卿が、横取ったものに相違ない。
 石段を上ると慶正卿は、敬虔に神像の前に立ち、右手を神像の方へ差し出したが、ややあって神像から立ち離れ、神殿の横手へ佇んだ。
 片眼であった神像の眼が、二つながら今は明いている。例の鯖色の素晴らしい光が、両眼から燦然と輝いている。
 と、歓喜の高い声が、洞窟の内へ響き渡った。これは覚明を初めとして、集まっていたほどの郷民が、両眼を備えた神像に対して、思わず上げた歓声なのであった。
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