ん」に傍点]と踏ん張り、胸へ両腕を組んでいる。
 と、そういう弦四郎であったが、にわかに磊落《らいらく》に哄笑した。
「アッハッハッ、ごもっとも千万! 浪江殿の婿様でござるゆえ、浪江殿が自身で選ばれるのが、当然至極でございますとも。……そうなると拙者は方針を変えて、慾の方へ走って行くでござろう」
「慾? なるほど! どんな慾やら?」
 茅野雄には意味が解らないようであった。
「慾は慾なり[#「なり」に傍点]でございますよ」
 こう云う弦四郎は眼を走らせて、遥かの彼方《かなた》に森林に蔽われ、頂きだけを出している、洞窟のある岩の山を、意味ありげに眺めやった。
「あそこの洞窟の中にある、神殿の内陣へまかり越し、値打ちあるものをいただくという慾で」
 この意味も茅野雄には解らなかったらしい。
「神殿の内陣にありますかな? そのように値打ちのある品物が!」
「馬鹿な!」と、弦四郎は喝《かっ》するように云った。
「貴殿も承知しておられるくせに」
「拙者は知らぬよ!」とブッキラ棒であった。
 茅野雄はブッキラ棒に云い切った。
 しかし弦四郎は嘲けるように云った。
「巫女《みこ》が貴殿に予言された筈で。山岳へおいでなさりませ、何か得られるでございましょうとな! ……その何かがあの神殿の、内陣にあるのでございますよ! 得ようと思って来られたのでござろう! さよう、ここへ、丹生川平へ!」
「また出ましたな、巫女という言葉が! が、拙者は巫女の云ったことなど。……」
 茅野雄がすっかり云い切らないうちに、しかし弦四郎は歩き出した。
「内陣の中の品物についても、貴殿と競争をするように、いずれはなるでござりましょうよ。どっちが先に手に入れるか? こいつ面白い賭事でござる。……勝つには是非とも白河戸郷を、何より滅ぼさなければならないようで。……何故? 曰くさ! 覚明殿がだ、拙者へこのように云ったからでござる。白河戸郷を滅ぼしたならば、神殿の内陣へ入れてあげましょうと! ……入ったが最後掴んでみせる。……で、貴殿にも心を巡らされ、白河戸郷を滅ぼすような、うまい策略をお立てなされ!」
 云い捨ると弦四郎は行ってしまった。
 茅野雄は後を見送ったが、心の中で呟いた。
(ああ云われると俺といえども、内陣の中へ入って行って、何が内陣に置かれてあるのか、ちょっと調べて見たくなった)

 星月夜ではあった
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