と、はた[#「はた」に傍点]から大袈裟にけしかけ[#「けしかけ」に傍点]などしたら、事実恋仲になろうもしれない」
「よい観察! その通りでござる」
弦四郎はこう云うと憎々しそうにした。
「が、永遠の処女として、丹生川平の郷民達から、愛せられ敬まわれ慕われている、浪江殿を貴殿が手に入れられたら、郷民達は怒るでござろう」
「さようかな」
と、茅野雄であったが、軽蔑したように軽く受けた。
「郷民達が怒る前に、貴殿が怒るでございましょうよ」
「…………」
「と云うのは貴殿こそ浪江殿に対して、恋心を寄せておられるからで」
これには弦四郎も鼻白んだようであったが、負けてはいなかった。
「いかにも某《それがし》浪江殿を、深く心に愛しております。覚明殿にも打ち明けてござる。と、覚明殿仰せられてござる。『白河戸郷を滅ぼしたならば、浪江を貴殿に差し上げましょう』とな」
「ほう」と、茅野雄はあざける[#「あざける」に傍点]ように云った。
「覚明殿が許されても、肝心の本人の浪江殿が、はたして貴殿へ行きますかな?」
するとその時まで沈黙して、次第に闘争的感情をつのらせ[#「つのらせ」に傍点]、云い合っている二人の武士の、その言い争いを心苦しそうに、眉をひそめて聞いていた浪江が、優しい性質を裏切ったような、強い意志的の口調で云った。
「妾《わたし》は品物ではございません。妾は人間でございます。妾は妾の愛する人を、妾の心で選びますよ!」
で、茅野雄も弦四郎も白けて、しばらくの間は無言でいた。
ここは小川の岸であって、突羽根草《つくばねそう》の花や天女花《てんにんか》の花や、夏水仙の花が咲いていた。小川には水草がゆるやかに流れ、上を蔽うている林の木には、枝や葉の隙《すき》から射し落ちて来る日の光に水面は斑《ふ》をなして輝き、底に転がっている石の形や、水中を泳いで行き来している小魚の姿を浮き出させていた。
一筋の日光が落ちかかって、首を下げている浪江の頸《うなじ》の、後れ毛を艶々《つやつや》しく光らせていたが、いたいたしいものに見えなされた。
そういう浪江と寄り添うようにして、腰をかけている茅野雄の大小の、柄の辺りにも日が射していて、鍔《つば》をキラキラと光らせていた。
その前に立っている弦四郎の態度の、毒々しくあせって[#「あせって」に傍点]いることは! 両足を左右にうん[#「う
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