けれど、森に蔽われている丹生川平は、この夜もほとんど闇であった。
神殿が設けられているという、岩山の辺りはわけても暗く、人が歩いていたところで、全然姿はわかりそうもなかった。
そういう境地を人の足音が、岩山の方へ辿っていた。
足音の主は宮川茅野雄で(何が内陣に置かれてあるか、ちょっと調べて見たくなった)――この心持が茅野雄を猟《か》って、今や歩ませていたのであった。
古沼の方に燈火《ともしび》が見えた。病人達が古沼の水で、水垢離《みずごり》を取っているのであろう。
どことも知れない藪の陰から、低くはあるが大勢の男女が、合唱している声が聞こえた。
病人達が唄っているのであろう。
が、神聖の地域として、教主の宮川覚明が、許さない限りは寄り付くことの出来ない、この岩山の洞窟の入り口――そこの辺りには人気がなくて、森閑《しん》として寂しかった。
茅野雄は洞窟の入り口まで来た。
(いずれは番人がついていて、承知して入れてはくれないだろう。が、ともかくも様子だけでも見よう)
茅野雄はこういう心持から、この夜一人でこっそりと、ここまで辿って来たのであった。
さて、洞窟の前まで来た。
茅野雄は入り口から覗いて見た。暗い暗いただ暗い! 恐らく神殿の設けられてある洞窟内の奥までには、幾個《いくつ》かの門や番所があり、道とて曲がりくねって[#「くねって」に傍点]いて、容易に行けそうには思われなかった。
(行ける所まで行ってみよう)
で、茅野雄は入り口へ入った。
が、その時背後にあたって、ゾッとするような感じを感じた。
と、思う間もあらばこそであった。数人の人間が殺到して来た。
「…………」
無言で洞窟の入り口から、外へ飛び出した宮川茅野雄は、これも無言で切り込んで来た、数人の人間の真っ先の一人へ、ガッとばかりに体あたり[#「あたり」に傍点]をくれて、仆れるところを横へ逸《そ》れ、木立の一本へ隠れようとした。
意外! そこにも敵がいた。
閃めく刀光! 切って来た。
鏘然! 音だ! 合した音だ!
白皓々
切って来た鋭い敵の刀を、抜き合わせて茅野雄が払ったのであった。
茅野雄は巡《まわ》った! 木立を巡った。もう一本の木立へ来た。
刀光! 意外! 敵がいた! 閃めかして茅野雄へ切ってかかった。
また太刀音! が、しかしだ! 既に茅野雄はこの時には
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