当に賑やかな駅《うまやじ》であって、旅籠《はたご》屋などにもよいものがあった。
宮川茅野雄が難を受け、森林の中へ姿を没した、ちょうどその日のことであったが、この萩村の四挺の駕籠が、旅人を乗せて入り込んで来た。
夕暮のことであったので、旅籠屋の門口《かどぐち》では出女《でおんな》などが、大声で旅人を呼んでいた。
その一軒の柏屋《かしわや》というのへ、一挺の駕籠が入って行った。
駕籠から現われたのは若い武士であったが、高貴の身分のお方らしく、云われぬ威厳を持っていた。
で、丁寧にあつかわれて、奥まった部屋へ通って行った。
その武士の乗っていた駕籠の後から、もう一挺の駕籠がついて来たが、これは柏屋の前を過ぎて、先の方へ向かって進んで行った。
が、どうしたのか不意に止まると、ユルユルと後へ引っ返して、柏屋の門口で止まってしまった。
と、その中から客が出たが、それは威厳のある老武士であった。
そうしてこの武士も丁寧に、下女に奥の間へ案内されて、姿を消してしまった時、二挺の駕籠が肩を揃えて、同じ柏屋の門口へ止まった。
一挺の駕籠から現われたのは、身分に見当の附かないような、小気味の悪い老人であったが、もう一挺の駕籠から現われたのは、美しい若い女であった。
この二人はどうやら連れと見えて、二言三言囁いたかと思うと、打ち揃って奥の部屋へ通って行った。
その後でも幾組か泊まり客があったが、特に目立つような客はなかった。
全く日が暮れて夜となった。
「お泊まりなさいまし」「柏屋でございます」「へいへいこれはお早いお着きで」――などと云っていた出女の声も、封ぜられたようになくなって、萩村の駅は寂静《ひっそり》となった。
こうして夜が次第に更け、柏屋でも門へ閂《かんぬき》を差した。客も家の者も寝《しん》についたらしい。
で、何事もなさそうであった。
では何事も起こらなかったか?
いやいや変わった事件が起こった。
奥に一つの部屋があったが、消えていた行燈《あんどん》が不意に点《とも》り、ぽっと明るく部屋を照らした。
見れば一人の老武士が、床から起きて行燈の側《そば》に、膝を揃えて坐っている。
老武士は?
二番目に着いた駕籠の中から、立ち現われた老武士であった。
何やら口の中で呟いたかと思うと、老武士は部屋の中を見廻した。と、にわかに立ち上った。そ
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