たところで、相手に受け入れられる望みはなく、虐殺されるばかりであった。
(戦って逃げるより仕方がない!)
とは云え相手は大勢であり、ことには悉《ことごと》く騎馬であった。徒歩《かち》で刀を揮ったところで、駆け仆されるのがおち[#「おち」に傍点]であった。
(一人叩っ切って馬を奪ってやろう)
馬の前脚を諸《もろ》に立てて、茅野雄をその馬の脚の下《もと》に、乗り潰そうと正面から、逼って来た一騎の郷民があった。
乗りかけられたらそれまでである。何のむざむざ乗りかけられよう。見て取った茅野雄は横筋違《よこすじかい》に、さながら矢のように素走ったが、擦れ違いざまに馬の脚へ、一刀サッと浴びせかけた。
嘶《いなな》きの声がしたかと思うと、ドッと横仆しに馬が仆れ、乗っていた敵がとんぼ[#「とんぼ」に傍点]返って落ちた。
と、その仆れた馬の胴へ、他の馬が躓《つまず》いて乗ってきた敵が不覚にも、ズルズルと馬背《ばはい》を辷《すべ》り落ちた。
と、その馬の背の辺りへ、手甲《てっこう》を穿《は》めた二本の腕が、素早くかかったと思ったが、その時には一人の旅|装《よそお》いをした武士が、既に馬背に乗っていた。
そうしてその次の瞬間には、丹生川平の郷民達の群から、数間先を走っていた。
他ならぬ宮川茅野雄である。
驚き周章《あわて》た大勢の声が、ひとしきり背後で聞こえたかと思うと、すぐに弦音《つるおと》が高く響いた。
丹生川平の郷民達が、茅野雄を射って取ろうとして、半弓を数人で射かけたのである。
しかし彼らは周章ていた。で、狙いが狂ったものと見えて、走って行く茅野雄の左右と頭上を、空しく征矢《そや》は貫いた。
が、その次の瞬間には、大勢の追って来る蹄の音が、茅野雄の後から聞こえてきた。と思う間もあらばこそであった。走って行く茅野雄の右と左へ、馬の首が数頭現われたが、見る見る茅野雄を追い抜いて、数間の先へ現われた。次々に数を増して来る。
茅野雄は武術の一通りには、達していることは達していたが、馬術は精妙とは云われなかった。
これに反して丹生川平の、郷民達と来た日には、生活から来る必要として、充分に馬術に達していた。曠野を自在に駆けることも、森林の中を縦横無尽に、走り廻ることも出来るのであった。
で、今も茅野雄を追い抜いて、その前方へ現われて、茅野雄の行く手を扼《やく》し
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