云うことがござる。聞いたら胸が潰れるでござろう。――拙者は目下丹生川平におります。とこう云うのがその一つでござる! 丹生川平の郷の長の、宮川覚明殿に依頼されて小枝を奪いに来たものでござる。とこう云うのがその二つでござる。……しかるに貴殿におかれては、丹生川平の郷民達を、このように討ってお取りになり、小枝を奪おうとした上、拙者の仕事の邪魔をなされた。……何の貴殿が丹生川平へ、これからおいでになろうとも、丹生川平の郷民達が、歓迎などをいたしましょうぞ。その証拠は……」と云いながら、弦四郎は頭を背後《うしろ》へ巡らすと、背後に連らなり聳えている、大森林を眺めやった。と、ドッと云う大勢の鬨の声が、その大森林の中から起こって、ムラムラと騎馬の一団が、大森林の中から現われて来た。
「その証拠こそあれ[#「あれ」に傍点]でござる!」
こう云うや弦四郎は身を翻《ひるが》えして、騎馬の一団の走って来る方へ、脱兎のようにひた[#「ひた」に傍点]走ったが、走りながらも茅野雄へ云った。
「貴殿を討って取ろうとして、丹生川平の郷民達が、押し出して来たのでござりますぞ!」
それから刀をひっこ[#「ひっこ」に傍点]抜くと、騎馬の一団の走る方へ、高々と上げて差し招いた。
「方々ようこそ参られた! ご助勢くだされ! ご助勢くだされ! あそこに立っている侍こそは、怨敵白河戸郷に味方をする、某《なにがし》という痴漢《しれもの》でござる! 拙者が小枝を奪おうとしたのを、邪魔をいたしたそのあげく[#「あげく」に傍点]に、丹生川平のあたら若者を、五人がところ討ち取ってござる! 早々討ってお取りくだされ!」
こう叫ぶと弦四郎は二度も三度も、けしかける[#「けしかける」に傍点]ように刀を揮った。
乱闘
敵は一人と見てとって、心に侮《あなど》りを覚えたからであろう、丹生川平の郷民達は、遠くから茅野雄をとりこめ[#「とりこめ」に傍点]て、矢《や》ぶすま[#「ぶすま」に傍点]にかけて射仆《いたお》そうとはしないで、馬を煽《あお》ると大勢が一度に、茅野雄にドッと襲いかかった。
郷民達の叫喚、馬の蹄の音、打ち振る得物の触れ合う音、その得物の閃めく光、馬の蹄に蹴上げられて、煙りのように立つ茶色の砂塵、――それらのものが茅野雄を巡って、茅野雄を埋没させようとした。
こうなっては茅野雄は声を上げて、いかに弁解をし
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