がにじみ出ていた。しかし彼女は夢中だと見えて、枝つきの野茨を捨てようともせずに、血を流したままでひた走った。
と、もう一人の侍女が仆れた。仆れた所に石があったと見える、それで後脳を打ったと見える、仆れたままで悲鳴を上げて、両手で後脳を抱えるようにして、ゴロゴロと地上を転がった。が、それでも飛び起きると、解けて乱れてバラバラになった、長い髪を背後《うしろ》へなびかせたままで、先へ先へとひた走った。
「オ――イ! オ――イ! オ――イ! オ――イ!」
呼びながら侍女達は走って行く。
こうして半里は走ったであろう、侍女達はすっかり疲労した。
飛騨という山国へ別天地を創って、そこに住んでいる女達である。都会の華奢《きゃしゃ》な女などとは、体格においても著しく強く、曠野や山道を走ることにかけても、遥かに勝れてはいるのであったが、お嬢様の小枝を丹生川平の者に、誘拐されようとした時に、女ながらも命限りに、丹生川平の若者達と、争って充分|疲労《つかれ》ていた。その上に半里の道程を、死に物狂いに走って来たのである。疲労切ったのは当然と云えよう。
とうとう侍女達は草の上へ坐って、慟哭の声を上げ出した。もう一寸も歩けないのであった。
慟哭をしている侍女達を巡って、曠野は広く物寂しく、しかし草の花や灌木の花に、華やかに飾られて拡がっていて、その草の花の間から、また灌木の花の間から、兎や野猫や黄鼬《てん》などが、いぶかしそうに顔を覗かせ、侍女達の方を窺った。それらの物の上にあるのは、晴れた六月の蒼い空と、燃えている六月の太陽とで、鳶らしい鳥や烏らしい鳥や、鷹らしい鳥や野鳩らしい鳥が、そういう地上の悲惨事などには、関係《かかわり》がないというように翼を揮って翔《か》けてもいた。
走って行く力はなくなっていたが、声を上げる力は残っていた。
で侍女達は慟哭しながら、
「オ――イ! オ――イ! オ――イ! オ――イ!」と、呼んだ。
悲しみに充ちた声であった。曠野にはいつの場合でも、微風が渡っているものである。その微風に乗りながら、その悲しい侍女達の声は、遠くへ送られて行くようであった。
とはいえ半里をへだてている、白河戸郷の郷へまでは、送られて行くものとは思われない。
しかし侍女達は呼びつづけた。
と、行く手に小さい林が、青葉を光らせて立っていたが、その林から四人の若者が、姿
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