で、茅野雄は一躍したが、真っ先立って逼って来た、敵の一人の右の肩を、抜き打ちにカッとぶった[#「ぶった」に傍点]切り、悲鳴を耳にした次の瞬間には、左から寄せて来た敵の一人の、左の胴を割っていた。
日が明るくて鳥が啼いている!
晴ればれとした曠野には、草花が虹を敷いている。
が、その虹を蹴散らして、ドッと合わさり、サ――ッと散る、黒々とした物があった。二人の味方を切り仆されて、死に物狂いに狂い立った、丹生川平の男達であった。馳せ寄って茅野雄を引っ包んだり、茅野雄の振る太刀に敵しかねて、退いたりしているのであった。
四本の腕が空を掴み、四本の脚が草花をむしり、ぬらぬらとした真紅《まっか》の色が、草と土とを濡らしていたが、これはどうしたことなのであろう? 茅野雄によって切り仆された、二人の男達が傷の痛みに、もがき廻っているのであった。
その凄惨とした光景の中に、一本の線が空に斜めに、微動しながら浮いていた。上段に冠って敵に向かい、来い! 切るぞ! 斃《たお》すぞと、構えている茅野雄の刀身であった。空の一所に雲があって、野茨の花が群れているように見えたが、ゆるゆると動いて太陽《ひ》を蔽うた。と、さながら氷柱のように、白光りをしていた刀身が、にわかに色を変えて桔梗色《ききょういろ》となった。が、それとても一瞬《ひとしきり》で、刀身はまたもや白く輝き、柄で蔽われていた茅野雄の額の、陰影《かげ》さえ消えて炬《きょ》のような眼が、眼前数間の彼方《あなた》に群立《むらだ》ち、刀の切っ先を此方《こなた》へ差し向け、隙があったら一斉に寄せて、打って取ろうとひしめいている、七人の敵を睨んでいた。
と、茅野雄はギョッとして、七人の敵から眼を放して、グルグルと四方へ眼を配った。
娘を小脇に引っ抱えた、醍醐弦四郎はどうしたか? ここに思いが至ったからであった。
十間あまりの左手を、向こうへ走って行く人影がある。
それこそ醍醐弦四郎で、依然として娘を抱えていた。
「待て! 弦四郎! 逃げるか! 卑怯!」
茅野雄は怒声を浴びせかけたが、浴びせかけた時には追っかけていた。
が、茅野雄が追っかけていた時には、七人の男達も追っかけていた。
と、そのうちの一人であったが、群より離れて素早く走り、茅野雄の背後へ追いつくや、茅野雄の後脳を二つに割るべく、刀を冠って振り下ろした。
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