町奉行落合小平太殿、御加番《ごかばん》松平山城守殿、お二方の手に率いられた六百人の捕り方衆は、もう先刻から私共の旅宿、梅屋勘兵衛方を追っ取り巻き、時々鬨の声をあげるのが手に取るように聞こえてきますが、左右無く踏み込んでも参らぬ気勢《けはい》に、私共は心を落ちつかせ静かな最期を遂げようと差し控えて居るのでございます。
 そうして私は貴郎《あなた》宛のこの遺書を認めて居るのです。
 先程奉行所から、手付与力の田中万右衛門殿と小林三八郎殿とが、
「当家宿泊の由井正雪殿に少しく尋ねたき仔細ござれば奉行所まで同道致すように」
 と、旅宿の門まで参られましたが、私は「病気」の故を以って堅くお断わり致しました。貴郎はこれをお聞きになったらさぞ御不審に思われましょう。
「それが最初からの手筈ではなかったか。何故正雪は断わったのであろう?」
 こう仰せられるに相違ありません。いかにもそれは貴郎と私との二人の間に取り決められた手筈であったことは確かです。
 二人の与力に守られて、私は奉行所へ罷り越す。と直ぐ貴郎のご保護の下に、多分のお手当てを頂戴した上、ある方面へ身を隠す。しかし私の一味徒党だけは、
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