でしょう。
しかし私は逃げません。同志と一緒に自殺します。
同志の者は今も私を限りなく信じて居るのです。
今回の露見に関しても、私が奥村八右衛門をして訴人させたとは夢にも知らず、忠弥の粗忽の結果であろうと勝手に定めて居る程です。
そして恐らく私の遺書《かきおき》を、貴郎が発表なさらぬ限りは慶安謀叛の真相とその発覚の顛末については、多くの後世の史家達も首を捻ることでございましょう。
待ち飽ぐんだものと見えまして、捕り方衆の立ち騒ぐ声が表や裏から聞こえてきます。踏み込んで参るのももう直ぐでしょう。いよいよ死ぬ期《とき》が参りました。もうこの遺書を書きつづける間《ひま》も、たくさんはあるまいと存ぜられます。
遺書は覚善に託します。私を初め同志の者を悉く介錯した後で、単身囲みを突き破って必ず遺書はお届けすると、彼は大変意気込んで居ります。
いよいよ踏み込んで参りました。乱れた跫音が聞こえて参ります。しかし早速にはこの部屋へは入って来ることはなりますまい。鴨居から鴨居へ麻縄を張り渡してあるからでございます。
今生の名残りに壁の面《おもて》へ辞世を書くことに致します。
「翼の調わざ
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