ござろう。華麗を極めた東照宮を焼き立てるのも一興じゃ」
それから私はなお細々と、策戦について語りました。
「江戸は本丸西丸の、両丸に兵燹《へいせん》を掛けねばならぬ。機を見て城中へ兵を進め新将軍を奪取する。又京都は二条の城及び内裏へも火を放ち、勿体至極もないことながら、帝の遷幸を乞い奉れば公卿《くげ》百官は草の如くに必ず伏し靡くに相違ござらぬ……」
こう云って説いて行く中に私はふっとこんな事を心の隅で思いました。
「この従順な勇士達を、手足のように使い砕《こな》し、ほんとに自分が徳川家に対して、不軌を計ったとしたならばどういう結果になるであろう? 三月、いやいや二月でもよい、二月の間幕府の軍を、支えることは出来ないであろうか? 二月幕兵を防ぎ得たとしたら、四国九州に残っている、豊臣恩顧の大名達が、旗を動かさないものでもない。それらの大名と呼応したならば面白い賭博《ばくち》が打てるかもしれない」
私は一種の武者振いを禁ずることが出来ませんでした。
「しかし」と直ぐに思い返しました。
乱を起こすことはいと容易《やす》い。防ぎ戦うことも出来るかもしれない。しかし然諾《ぜんだく》をどう
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