だお二人に同じように同時に愛を打ちあけられましたので、どちらの方へ靡《なび》いてよいやら、苦しんで居るだけにございます」
 これを聞くと左衛門はいぶかしそうに、咎《とが》めるようにききました。
「二人ともお愛ししていられないなら、お二人へお前様の心を、お打ちあけなされておことわりなされたら、よろしいように思われますがな」
「はい」
 とお蘭は申しました。
「でも私にはどういうものか、決心が付かないのでございます。はい、私にはどういうものか。……」

     三

 と、俄に嘲るような、かれた笑声が起こりました。左衛門が笑ったのでございます。
「――われも見つ人にも告げん葛飾の、真間の手児奈の奥津城《おくつき》どころ――お前様にはこの和歌をご存知でしょうな」「はい」
 とお蘭は直ぐに申しました。
「二人の殿方に恋せられて、どっちへも靡いて行くことが出来ずに、入水して死なれた憐れに美しい、真間の手児奈という娘の墓を、山辺赤人というお偉い歌人が、詠まれた和歌にございます」
「さよう」
 と、左衛門はいいました。
「で、お前様が覚悟どおりに、今のお二人に義理を立てて、入水してお死になされたな
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