をしぞ思ふ――業平朝臣《なりひらあそん》の有名な和歌は申すまでもないことでありますが、八ツ橋は名高い歌枕の土地ゆえ、この外にいろいろ有名な和歌が、うたわれていることでございましょうな」
するとお蘭は直《す》ぐに答えました。
「――一筋に思いさだめず八橋のくもでに身をも嘆くころかな。――有名な宗長《むねなが》親王様の、このような和歌がございます」
「成程《なるほど》」
と、左衛門はうなずきました。
「で、私は申し上げましょう。物事はすべて一筋に、思い定めてはいけませんな。……とその他に和歌はございませぬかな」
「為家卿がうたわれましたそうで――もろともに行かぬ三河の八橋に、恋しとのみや思いわたらん」
「成程」
と左衛門はまたうなずきました。
「そこで私は申し上げましょう。恋しと思ってはいけませんとな。……その他に名歌はございませんかな」
「読人知らずではございますがこのような和歌もございます。――打わたし長き心は八橋の、くもでに思うことにたえせじ」
「成程」
と左衛門はまたいいました。
「蜘蛛手に思う恋の心が、突きつめて一つになった時に、恐ろしい一筋の恋となります。ご用心なされた
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