うだが」
「へい」と嘉助は小鬢を掻いた。
「諸方様からご注文でございますので」
「どんな方々から注文があるか、ひとつそれを聞かしてくれ」
「かしこまりましてございます」
それから主人は名を上げた。松本伊豆守から五個、赤井越前守から三個、松平|正允《まさすけ》から二個、伊井中将から一個、浜田侍従から一個。……等々であった。
「なるほど」
と貝十郎は苦笑いをしたが、
「いずれも立派な方々からだな。……ところで松本伊豆守様からが、一番注文が多いようだが、この頃にご注文があったかな?」
「へい、一月の十五日までに、是非とも一つ納めるようにと、ご用人の三浦作右衛門様から。……」
「一月の十五日、ふうんそうか」
尚二つ三つ訊ねてから、貝十郎は山大を出た。
二
(どうにも今は変な時世だ。物を贈るにも流行がある。以前には岩石菖が流行《はや》ったっけ)
以前に田沼主殿頭が、病床に伏したことがあった。病気見舞いのある大名が、主殿頭の家臣に訊ねた。
「この頃は田沼主殿頭殿には、何をご愛玩でございますかな?」と。
「岩石菖をご愛玩でございます」
するとそれから二、三日が間に、岩石
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