林様の体が顫え、片手が刀の柄にかかった。で、我輩は急いで云った。
「浜の方へでも参りましょう、海など見ようではございませんか」
「うん」
と館林様は云われたが、尚体は顫えていた。それでもとうとう歩き出した。浜にも海にも変わったことはなかった。ただ寂しいばかりだった。
翌朝《あくるあさ》とも云わずその夜のうちに、館林様は大野を去られた。一人で、寂しく、飄然と、裏切られた先駆者の悩みを抱いて。
翌日の晩みよし屋の本店で、蔦吉を招んで我輩は飲んだ。
「お前の八人芸、巧いものだな」
「お役に立って何よりでした」
「よく六人の無頼漢《ならずもの》どもの、声の特徴を真似したものだ」
「それでも妾《わたし》はハラハラしました。殿様から教えられた白《せりふ》といえば、あそこ[#「あそこ」に傍点]までしかなかったのですから。あれから先が入用《いる》ようなら、どうしたものかと思いましてね」
「あれはあれだけでよかったのだった」
「それにしても妾には不思議でならない。誰もいないあんなみよし屋の寮で、六人の声色を使うなんて」
「お前にあそこへ行って貰う前に、三人の男が住んでいたのだ。そうして他にもう
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