お篠という女が彼を裏切って、ある幕府の権臣の妾になったことが原因であった。
(是非あの女に逢って見たい、逢ってああいう器具を使用させて見たい)
これが希望《のぞみ》なのであった。その女は町医者千賀道有の娘で、随分美しい女であった。二年の間|睦《むつ》み合い、相当の武士の養女として、そこから嫁として新八郎のもとへ来ることに話がきまってさえいた。
ところが不意に女はいなくなった。
で、新八郎は道有を責めて、女をどこへやったかと訊ねた。
「あるお方の側室《そばめ》に差し上げました。しかし、その方の何方であるかは申し上げられません。また、申し上げたとしても、貴所にはどうもなりますまい。御大老伊井中将直幸様さえ頭の上がらないお方なのですから」
これが道有の返辞であった。
女の行った先が、素晴らしい権臣であることだけは間もなく証明された。町医者であった道有が、その後恐ろしいような出世をしたのであるから。すなわち侍医法眼となり、浜町に二千坪の屋敷を持つようになったのであるから。
お篠がそういうようになって以来、新八郎は楽しまなかった。しかるに間もなく水茶屋の娘でお品という女が、お篠と顔立
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