はどなたでございますか?」
しかし女は答えなかった。
「お品のことについて云っておられますので?」
「はい。……そうしてもう一人の、お気の毒な女の方についても」
「ああそれではお篠のことについて?」
すると女は頷いて見せた。
「妾をお信じなさりませ。云う通りに実行なさりませ」
(何んと云う眼だ! 何んと云う声だ!)
新八郎はそう思った。
お高祖頭巾の奥の方から、彼を見詰めている彼女の眼が、男のような眼だからであった。声にも著しい特色があった。男の声のように強かった。
(お品のことを知っている。お篠のことを知っている。この女はいったい何者なのであろう?)
(こんな所にこんな晩に、女一人で供も連れず、何んと思って立っているのか?)
(俺に云いかけたこの女の言葉! 親切なのか不親切なのか)
新八郎は疑惑を感じながら、立ち去ることも出来ず立っていた。
四
朧月《おぼろづき》の深夜で、往来《ゆきき》の人はなく、犬の吠え声がずっと遠くの、露路の方から聞こえて来た。お筒持ちの小身の武士達の長屋町なので、道幅なども狭かった。
新八郎の姓は小糸、年は二十八歳で、身分は旗
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