人なのでしょうよ」
「『ね、もう一度ままごと[#「ままごと」に傍点]をしようよ』こう云って市中を狂い廻るなんて、おお厭だ、恥ずかしいことね」
 すぐにこう云う者があった。振り袖を着た町娘で、美しさは並々でなかったが、どこかに蓮《はす》っ葉なところがあった。
「それが一人や二人でなく、この頃月に幾人となく、ああいう狂人の出て来るのは、変だと云えば変ですなあ」
 こう云ったのは総髪物々しく、被布《ひふ》を着た一人の易者であった。冷雨《ひさめ》がにわかに降り出したので、そこの仕舞家《しもたや》の軒の下に、五人は雨宿りをしたものと見える。
 今も冷雨は降っていた。その冷雨に濡れながら、髪を乱し衣紋を乱した、若い美しい狂人の娘が、田沼家の前を行ったり来たりしていた。
「ね、もう一度ままごと[#「ままごと」に傍点]をしようよ」
 そう喚く声がここまで聞こえた。が、間もなく姿が消えた。裏門の方へでも[#「でも」は底本では「ても」]行ったのであろう。
 パラパラと不意に降って来て、しばらく経つとスッと上がる。これが冷雨《ひさめ》の常である。冷雨が上がった。
「へい皆様、ご免くだすって」
 易者が最初に
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