っ最中、さあさあはいってごらんなされ。……」
しかし老爺はすぐ黙ってしまった。その時一人の年増女が、小屋の口から現われて、
「とんちき[#「とんちき」に傍点]、何んだよ、おかしくもない、八人芸は済んだじゃアないか、今は独楽《こま》の曲廻しだよ」
こう伝法に云ったからさ、その女が八人芸の女太夫の、蔦吉という女なのさ。
「おい、蔦吉」
と呼びかけてやった。
「ちょっと来てくれ、訊きたい事がある」
「おや、十二神《オチフルイ》の殿様でしたか」
我輩は蔦吉を物の蔭へ呼んだ。
「どうだ、大概は大丈夫か」
「はい、大丈夫でございます」
「八人芸のお前なんだからな」
「とんだものがお役に立ちまして。……」
「相手は六人だから訳はあるまい」
「癖を取るのは訳はないんですが、六人が一緒に集まって、話しているところへぶつかる[#「ぶつかる」に傍点]のが大骨折りでございました」
「一緒に住んでいないのだからな」
「みよし屋の寮だけがまあまあ[#「まあまあ」に傍点]で」
「だから俺が教えたのさ。三人住んでいるのだからな」
「娘ッ子が難物でございましたよ」
「そうだったろう、大いに察しる」
「いつご用に立てますので?」
「大体明日の晩だろう」
「さようでございますか、よろしゅうございます」
こんなことで我輩は蔦吉と別れた。
我輩は好奇《ものずき》の人間なので、こういう蔦吉といったような、やくざ[#「やくざ」に傍点]な芸人には知己《しりあい》があり、手なずけることも出来たのさ。
それから我輩は浜の方へ行った。海は波が高かった。桟橋などもきしん[#「きしん」に傍点]でいた。で浜には幾艘かの小舟が、引き上げられて置かれてあった。月があったので明るかったが、それだけに波と波とがぶつかり[#「ぶつかり」に傍点]、白泡立つのが物凄く見えた。
我輩は北の方へ渚《なぎさ》づたいに歩いた。
渚は湾をなしていて、その行き止まりが岩の岬で、それを廻ると潮湯治場外になり、潮湯治場外の海はわけても荒く、そこで泳ぐ者はめったになかった。我輩はそっちへ歩いて行った。岬を越して向こう側へ下り、しばらく様子を窺った。
と、松の林の中から、云い争う声が聞こえて来、やがて一人の若い女が、逃げるようにして走り出して来た。
と、五人の男の姿が、松林の外側へ現われ出た。
「困った奴だなあ、止せばいいのに」
「あん
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