な姿であんなことをして、人に見られたらどうするのだ」
「病気のように好きなんだからなあ、潮湯治っていうやつ[#「やつ」に傍点]をよ。どうにもこうにもやり[#「やり」に傍点]切れない」
「それも毎晩やるんだからなあ」
 五人の男達は話し合っていた。
 松林の中から燈が見えていた。貸し別荘のみよし屋の寮が、その松林の中にあって、そこでともして[#「ともして」に傍点]いる灯火なのさ。
 我輩は娘の様子を見ていた。と、どうだろう女だてらに、渚《なぎさ》まで行くと着物を脱ぎ、全裸体《すっぱだか》になって海へ飛び込み、抜き手を切って泳ぎ出したじゃアないか。
 それも素晴らしい泳ぎぶりなのだ。
 今も云ったとおりこの辺の海は、潮湯治場の外なので、波が荒くて危険なのだ。ところどころに岩さえあって、うっかりすると岩の角へ、叩き付けられることさえある。それだのに娘は恐れ気もなく、島田の髷を濡らさないように、乳から上を波から出し、グングン沖の方へ泳いで行くのだ。
 月がそいつを照らしている。白い肩、白い頸《うなじ》、白い腕、白い脛、時々ムックリと持ち上がって見える。月がそいつを照らすのだ。
 だが間もなく見えなくなった。遙かの沖へ泳いで行ったからさ。五人の男も見えなくなった。みよし屋の寮へ帰って行ったのだ。我輩はしかし帰らなかった。もう少し見てやろうと思ったからだ。
 四半刻ぐらいも経っただろうか、人魚の姿が見えて来た。渚を目がけて例の娘が、沖から泳いで帰って来たのだ。潮から上がって渚《なぎさ》に立って、手拭いで体を拭き出した時、さすがの我輩も変な気持ちがしたよ。
 な、女は全裸体《すっぱだか》なのだ。月がそいつを照らしているのだ。グーッと手拭いで体を拭く。そんな時女は羞《はず》かし気もなく、片足を上へ持ち上げるのだ。とうとう我輩は呟いてしまった。
「この様子をあの男へ見せてやらなければならない」と。
 衣裳をまとうとみよし[#「みよし」に傍点]屋の方へ、娘は走って行ってしまった。

「十二神《オチフルイ》、お前何んに来たのだ」
 翌日の晩のことだったよ、館林様がこんなように云って、我輩の席へやって来られた。
「丸田屋と深い縁故でもあるのか」
「さようで」と我輩は云ってやった。「丸田屋とは趣味の友でございます」
 事実それに相違ないのだ。我輩は役目こそ与力であれ、いわば身勝手自由勤めの身
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