ゃく》、どうでものした[#「ものした」に傍点]他人《ひと》の金だ」
「いかさまそれには違えねえ、では遠慮なく頂戴といくか」
「さあ」
と云って投げた小判は、初雪白い地へ落ちた。
「ええ何をする勿体《もってえ》ねえ」
男は屈んで拾おうとした。そこを狙って片手の抜き打ち。その太刀風の鋭さ凄さ。起きも開きも出来なかったかがばとそのままのめった[#「のめった」に傍点]が、雪を掬《すく》って颯《さっ》と掛けた。これぞ早速の眼潰しである。
武士は初太刀を為損《しそん》じて心いささか周章《あわ》てたと見え備えも直さず第二の太刀を薙《な》がず払わず突いて出た。
「どっこい、あぶねえ」
と、頬冠りの男は、この時半身起きかかっていたが、思わず反《そ》り返った一刹那、足を外ずしてツルリと辷った。
して[#「して」に傍点]やったりと大上段、武士は入り身に切り込んだ。と、一髪のその間にピューッと草履を投げ付けた。束《つか》で払って地に落とし、追い逼る間にもう一個を、またも発止と投げ付ける。それが武士の額に当たった。
「フーッ」
と我知らず呼吸《いき》を吹く。その間にパッと飛び立った男は右手を懐中《ふところ》へ突っ込むと初めて匕首《あいくち》を抜いたものである。
「さあ来やあがれこん畜生!」――こう罵った声の下からハッハッハッと大息を吐くのは体の疲労《つか》れた証拠である。しかも彼は罵りつづける。
「……おおかたこうだろうとは思っていたが騙《だま》し討ちとは卑怯な奴だ。俺で幸い他の者なら、とうに初太刀でやられる[#「やられる」に傍点]ところだ。……さてどこからでも掛かって来い! 背後《うしろ》を見せる俺じゃねえ。おや、こん畜生黙っているな。何んとか云いねえ気味の悪い野郎だ」
云い云いジリジリと付け廻す。相手の武士は片身青眼にぴたり[#「ぴたり」に傍点]と付けたまま動こうともしない。
しかし不動のその姿からは形容に絶した一道の殺気が鬱々《うつうつ》として迸《ほとば》しっている。どだい[#「どだい」に傍点]武道から云う時はまるで勝負にはならないのであった。武士の剣技の精妙さは眼を驚かすばかりであって名人の域には達しないにしても上手の域は踏み越えている。絶えず左手は遊ばして置いて右手ばかりを使うのであるが、それはどうやら円明流らしい。空掛け声は預けて置いて肉を切らせて骨を切るという実
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