月の蒼白い光が横からぼんやり射し込んでいたが、見れば誰もいなかった。
 だが白々と一葉の紙が莚の上に落ちていた。
 取り上げて見ると短冊であった。
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風蕭々易水寒シ
壮士一度去ッテ復還ラズ
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「ははあ夫れでは立ち去ったのか?」赤川大膳考え込んでしまった。「では山内伊賀之助殿の、仕官亡者という観察は、狂ったものと見なさなければならない。伊賀殿の観察を狂わせる程の乞食、いよいよ只者では無さそうだな。……焚きすてられた香の香が、残って立ち迷っているところを見ると、つい今し方立ち去ったのだろう。寒い! どっちみち帰るとしよう」

     四

 御先供は赤川大膳、先箱二つを前に立て、九人の徒士、黒積毛の一本道具、引戸腰黒の輿物に乗り、袋入の傘、曳馬を引き、堂々として押し出した。後から白木の唐櫃が行く、空色に白く葵の御紋、そいつを付けた油単を掛け、黒の縮緬の羽織を着た、八人の武士が警護したが、これお証拠の品物である。それから熨斗目《のしめ》麻上下、大小たばさんだ山岡|主計《かずえ》、お証拠お預かりの宰領である。白木柄の薙刀一振を、紫の袱紗で捧げ持ち
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